2016年12月30日

私の好きな百人一首十選(正月も近いので)

あと二日で新年を迎えます。本当に一年がはやいです。芸能ネタ、政治ネタは他にたくさんあるので、今日は子供のころに遊んだ百人一首の中から好きな歌を選んで、挙げてみることにしました。

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1.わが庵は 都のたつみしかぞすむ
世をうぢ山と 人はいふなり

(詠み人:喜撰法師。わたしの住まいは都の東南、宇治の山辺である。世間の人は我が心も知らず、世をいとうた「憂し山」だなどというようだ)

2.花の色は うつりにけりないたづらに
我が身世にふる ながめせしまに

(小野小町。降る長雨にたれこめて、むなしい物思いにふけっている間に、なんと花の色あせたことよ。そして、私の容色もちょうどその花のようにむなしく)

3.これやこの ゆくも帰るもわかれては
知るも知らぬも 逢坂の関

(蝉丸。これがまああの東国へ行く人も、都へ帰る人も、ひと度ここで別れては又めぐり逢い、知り合いの者も赤の他人も、別れては又逢う逢坂の関なのだなあ)

4.ちはやぶる 神代もきかず立田川
からくれないに 水くくるとは

(在原業平。人代においてはもちろん、奇異なことのみ多かった神代にもこのようなことはきいたことがない。立田川の流れゆく水が、から紅のあでやかな色でこのように絞り染めされたということは)

5.人はいさ 心も知らずふるさとは
花ぞむかしの 香ににほひける

(紀貫之。人はさあ、心が変わったか知らない。しかし、昔馴染んだこの土地は変わらないで、梅の花は昔どおりの香に咲き匂っていることよ)

6.白露に 風の吹きしく秋の野は
貫きとめぬ 玉ぞちりける

(文屋朝康。白露に風の吹きしきる秋の野には、緒で貫きとめてない玉のように、露が散り乱れているよ)

7.由良の戸を 渡る船人かぢを絶え
行く方も知らぬ 恋の道かな

(曽根好忠。由良の瀬戸を漕ぎ渡る船人の楫の緒が切れて、舟が漂うように、どうなるのか、どうしたらよいのか、行方もわからない私の恋道でありますよ)

8.憂かりける 人を初瀬の山おろし
はげしかれとは 祈らぬものを

(源俊頼朝臣。私につれなかった人がもっとやさしくなるように長谷寺観音様に祈ったのに、その初瀬の山から吹きおろす烈風のように以前よりも私につらく当たるようになった。なぜだろう、このように祈りはしなかったのに)

9.村雨の 露もまだひぬまきの葉に
霧たちのぼる 秋の夕暮

(寂蓮法師。村雨がひとしきり強く降って、その露さえまだ乾かないまきの葉のあたりに、霧がたちこめている。寂しい秋の夕暮れであるよ)

10.花さそふ 嵐の庭の雪ならで
ふりゆくものは わが身なりけり

(入道前太政大臣 藤原公経。嵐にさそわれて花が雪のように庭に降り散っているが、これは雪ではなく、年老いてゆく私の身の上でありますよ)


わずかな文字で、自然の美しさ、はかなさ、自分の心のあり様を余すところなく表現し得る昔の人の感性に、あらためておどろき、かつ衝撃を受けます。あらゆる情報が洪水のようにあふれ、物事が目まぐるしく変化する現在の世界では、ひとつの現象をじっと見つめるこころの余裕は失われてしまったのかもしれませんね。

正月は昔の人のように深くモノを想う心、自然をいつくしむ感性を取りもどして、静かで穏やかな時間を過ごそうと思います。
posted by orion at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本文化・芸術

2016年09月07日

はっとするほど美しいワンショット − シンプル・イズ・ベスト

ネットの関心のあるサイトをめぐっていたら偶然、見つけたんですよ。びっくりしました。御所内の「会見の間」なのでしょうか。その簡素な美しさに、はっと息をのむほど眼がくぎ付けにされました。

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天皇陛下と中東からのお客様

この方はサウジアラビアのムハンマド副皇太子殿下だそうです。

正直、外国要人と会見する部屋って、もっと華やかな所だと思っていたものですから、「これぞ日本」と誰もが思うセンスを公に用いていることを知って、なんだか感動してしまいました。

この会見の写真はアラブ諸国でも紹介されたそうで、あちらの方が、こうした「簡素な美」を理解しているようなのも、まったく意外でした。

■ この一枚の写真が示唆することは数え切れない程多い!!(ヨルダン)

■ ワーオ、この写真はしかし……驚異的だね。(レバノン)

■ カーペットですらシンプルだ!! 〜 (国籍不明)

■ この写真がたまらなく好きな自分がいる…… :) (ヨルダン)

■ 天皇と王子が会見した。
  あの空間には、その事実だけが存在する。(国籍不明)

■ ただただひたすらに美しい。(サウジアラビア)

■ 日本的な、あまりにも日本的な空間だ。(国籍不明)

■ この一枚の写真は、芸術だよ。(カタール)

■ 1000の言葉が込められた一枚ですな。(エジプト)


などといったコメントが寄せられていました。詳しい内容は、以下のサイトでご覧になれます。

「これが日本との差だ!」 皇居で行われたご会見の光景にアラブ社会が衝撃

比較のためか、あちらの国の会見模様を写した写真も掲載されていました。

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日本人の美意識って、西洋やアラブ諸国だけではなく、中国、韓国を含む他のアジア諸国とも異なっていますよね。実に不思議です。

たとえば茶道でも、宮廷・貴族が用いた精緻な茶碗よりも、民間で使われた井戸など素朴な高麗茶碗のほうが好まれたのですよね。中国、朝鮮では価値のない粗末な雑器に大いなる美と価値を見いだし、簡素な茶室を「わび茶」の世界観に取り込んだ千利休(1522〜1591)が、日本独特のわび、さびの境地を極めたのは、16世紀の豊臣政権時代のことでした。

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素朴な美を湛える井戸茶碗 

庭園でも、西洋では明るい「左右対称の美」が目立っていますが、日本では自然を模すか、白砂を用いた非対称の静かな佇まいが好まれています。

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仁和寺庭園(京都)

他に絵画、芸能でも、浮世絵、能・歌舞伎、俳句など、独自の日本文化が育ったのは、やはり大陸とは海で隔てられ、他民族との交流が制限されていたからでしょうか。

たとえ外来のモノでも、自分たちの好みや用途に合わせて、いつの間にか日本的なモノに変えてしまうのは、今でもよくみられますよね。ラーメン、カレー、パスタなど、料理もまたしかり。


そう、最近の研究で明らかにされたところによると、日本人のDNAには、他のアジア人とは違う縄文人のそれが受け継がれているのですってね(アイヌ人と沖縄人がもっとも特徴的で、本州人には大陸の血が多めに混ざっているとか)。要するにDNAレベルから、異質の民族性が備わっているということ?

明治維新以降、アジアに進出してきた白人と戦って勝っちゃうとか、近代化して間もないのによくがんばりましたよね。でも、そのために、後には欧米と対立して袋叩きにあうわけだけど、敗戦でぼろぼろになっても、経済成長して見事に立ち直ったじゃない。

それって、縄文人の腕力なの?

おかげで中・韓からは異分子(中華圏に属さない)と見られ「気に入らない奴め!」と目の敵にされています。あんたらがはやく近代化してしっかりしていたら、日本だってこんな苦労はしなかったんだよ。えー、なんか話がだんだん逸れてきちゃった? 

じゃあ話をもどして、今では日本人の美意識や独特の文化(マンガ、アニメなどを含む)が外国人に理解され、認められてきたということ。

「ああ、やっぱり、人間の根本的感覚は同じだから、いずれは解り合えるのだ」
という結論に達したところで、冒頭の一枚の写真を改めて拝見してみましょう。

白い障子戸から注がれる柔らかな光の中で、主・客が対面して穏やかに歓談している……ただそれだけの風景が、これを視た人々の心に安らぎと感動をもたらしたのです。

世界のどの紛争地でも、武力による威嚇をやめて、この境地に至ったら、もはや争いは虚しいと、武器を捨てて互いに握手を交わし微笑み合うことになるのではないでしょうか。和平をめざした温かい微笑みを、すべての国の未来のために。

posted by orion at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本文化・芸術