2017年08月02日

わが『ドクターG』(NHK)はいずこに?

最近はまっている番組があります。いえ、ドラマでも、バラエティでもありません。自分でもめったに見ることがなかった硬派な番組のひとつ、『総合診療医ドクターG』(NHK、水曜、午後10.25〜)という医学というか、診療の現場にスポットを当てた番組です。

bdrgene02.jpg

なぜこの番組が目に留まったかというと、やはり自分が医者の世話になったからでしょう。難しい患者の病名を見事に探りあてる『ドクターG(ジェネラル)』なる名医が毎週番組で紹介され、3人の若き研修医にその結論にいたる経過を説明しながら、診療の問題を投げかけていくのです。

bdrgene03.jpg

この番組、2009年から8年間も続いているのですね。知らなかった―。とにかくおもしろくて、「本当の病名はいったい何なのよ」と最後の種明かし(?)が待ちどおしいくらいなんです。最近とくに興味深く、スリルも感じておもしろかったのは、以前に放送された60歳代の女性患者の症例を再編集して紹介していた回(特別編)です。

頭痛・発熱のある患者が腹部CTの検査中に突然、血圧の低下などからショック状態に陥ってしまいました。最初に患者を診た現場の研修医は詳しい症状が聞けなくなり、自ら判断するしかなくなりました。これまでの身体診察では、項部硬直「なし」、貧血・黄疸・充血「なし」、瞳孔反射「異常なし」、口腔内「異常なし」、頸静脈「異常なし」、心音・呼吸音「異常なし」、腹部「圧痛なし」で、看護師には採血・血液培養・検尿・点滴、そして抗生物質(3種類の広域抗生物質)の投与を指示していました。

さらに、レントゲン・心電図・頭部CTでも「異常なし」、尿検査「異常なし」、髄液検査も「陰性」という結果がでて、この研修医はどう診断すればよいのかわからなくなってしまいます。彼は細菌性髄膜炎を疑っていたのです。

そこで、この回のドクターG・植西憲達医師(救急総合内科医)が登場。同医師は、担当の研修医が画像診断で重大な見落としをしていたことに気づきます。

それは、この患者には「脾臓がない!」ことでした。以前に手術で脾臓を摘出していたのです。いえ、画像を見なくても、腹部の触診時に気づくこともできたといいます。それは、腹腔鏡による脾臓摘出の手術痕(4つ)が残っていたからです。


bdrgene06.jpg
4つの手術痕

bdrgene05.jpg
↑脾臓がない!

しかし、手術痕に気づいたとしても、それが脾臓摘出の手術痕だとわかるのは、よほど経験を積んだ専門医でないと難しいそうです。って言うか「えっ、脾臓がなくても、人間ってだいじょうぶなの?」と、私のような医学知識ゼロのど素人は最初に思ってしまいました。

途中をはしょって結論から言いますと、この患者の正しい病名は脾臓摘出後の『重症肺炎球菌感染症』(ペニシリンGが効く)というものでした。途中経過では膠原病(自己免疫疾患)か感染症かの判断で、感染症が特定されています。

抗体(免疫体)の多くは腸の中でできますが、いくつかの細菌(髄膜炎菌、肺炎球菌、インフルエンザ桿菌など)に対する抗体は脾臓で作られるそうで、脾臓がないことから感染症の原因菌が絞られました。そこで、緊急時に短時間で結果がわかる血液検査(白血球のグラム染色で、細菌を色素で染めて顕微鏡で確認する方法。5分以内で結果がわかる)を行って、最終的に患者が感染した原因菌が肺炎球菌であることが判明し、治療法が確定されました。

シャーロック・ホームズも脱帽(?)の鋭い観察(診察?)を踏まえた推理と見事な結論の引き出し方には、無知な筆者も「すごい、すばらしい」と心の中で叫んだほどです。そして、本タイトルの「わが『ドクターG』はいずこに?」という深い感慨に浸ることにもなりました。


ドクターGのように、患者を思いやるやさしさが感じとれるおだやかな口調で質問されたら、気持ちはどんなに安らいだことだろうか、と、この春から夏にかけての経験から思ったのですが、実際には、きわめて機械的で無機質な声しか聞けませんでした。

最初の医師はだいたい問診らしい問診もしなかったし――こちらから現在の症状を告げると、「それでは痛み止めの薬を出しましょう」って、ただそれだけ。病名を突き止めるために、診察らしい診察さえもしませんでした。

そりゃあ、『腰痛』なんて国民病みたいなものかもしれないけどさ、一人ひとり、原因が違うわけじゃない。こちらはその原因を知りたいわけよ。

その後、処方薬を飲んでも痛みが治まらなかったので、次の診察で「私、背骨がどうかなっているのではないでしょうか」と言ったら、ようやくCT検査をすることになりました。

要するに、こちらから言わなければ、薬を出すだけで何もしてくれないのです。次の診察では画像診断の結果から、A(仮)という病名を告げられました。でも、その日は痛みを和らげる『保存療法』を申しわけ程度にしたぐらいで、メインはひたすら薬物療法でした。

後日の診察では、「睡眠中の痛みに耐えられないので、手術したほうがよいのでしょうか」とたずねたら、「うちでは手術はしていないから」と、専門医のいる病院を紹介してくれました。

その紹介された病院でMRIを撮ってから、予約日の診察で告げられた病名がB(仮)でした。つまり、最初の病院の診断と病名が違ったのです。

これってどういうこと。本当の病名を知るために、第3の病院に行かなきゃならないってこと? セカンド・オピニオンとか、サード・オピニオンとか… 正しい病名・治療法を求めて、患者が病院を転々とする気持ちが、自分の身になって初めてよく理解できました。

先日、医療関連のテレビ番組を観ていたら、ホームドクターに『膀胱炎』と言われたが、一年後に別の病院で診てもらったら『膀胱がん』だと告げられ、その時にはもうステージ4になっていた、と語っていました。

これは、ちょっとひどいですよねえ。それに比べて、腰痛なんて命にかかわる病気ではないし、背骨あたりが悪いことに変わりはないのだから、たいして病名にこだわる必要はないのでしょうか。うーん、わからない。

その後、1〜2カ月たって、四六時中感じていた腰から足にかけての痛みが突然消えたので、第二病院の担当医に「痛みがなくなりました」と言ったら、「ああ、なくなったの。それじゃあ、診察は今日でおしまいにしましょう」と告げられました。「でも、薬は?」と私。「薬もやめてだいじょうぶでしょう」と担当医。

「でも、片足のしびれがまだ残っているのです」
と訴えたら、
「そのしびれは治りません。手術をしても、完全にしびれを取ることはできませんよ」
と突き放されてしまいました。


看護師さんが「また何か変化があったら、いつでも知らせてくださいね」と言ってくれましたが、私は「見放された」という思いにとらわれて、ひどく不安な気持ちになりました。

たくさんいる患者を一人でも減らしたいのはわかるけれど、なにか助言ぐらいないのかしら。こういう運動をするとよい、とか、こういうことに気をつけなさい、とか。そうしたアドバイスをするのは、医者の役目ではないってこと?

このまま放っておいても悪化しないのかしら。足のしびれに毎日、一過性の痛みが走るのはがまんしろ、ってことなの。実際、長く立ってられないし、途中でへたれるから、朝夕の日課だった散歩もできなくなってしまったのに。

それに、本当の病名はなに? A、それとも、Bなの? それを知るために、第三の病院を探すべきなのだろうか。

忙しい専門医が、とりあえず痛みの消えた患者を診るヒマはない、ほかに重症患者はたくさんいるのだから、というのはわからなくもないけれど。それでも、この不安な気持ちを鎮めるために、優しくて、ていねいな扱いをしてくれる、わが『ドクターG』を求めてはいけないのでしょうか。

だって、この足のしびれと一過性の痛みを一生がまんしろって、ちょっとつらいよ、憂鬱だよ〜。命に別状はなくてもさ。まっ、こんなところで愚痴を言ってもしかたがない、か――

では、気分を変えて、最後に、既述した番組で提示された教訓のことばをここにご紹介いたします。


bdrgene10.jpg

つまり悪いところ、悪いもの(腫瘍とか)を探そうと懸命になっていると、本来あるべきものがないことには気づかなくなる。研修医はあるべき膵臓(けっこう大きい)がないことに、気づかなかったのですよね。

「多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」

この言葉、含蓄がありますねえ。政治はもちろん、他の分野にも当てはまりそうです。



posted by orion at 12:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 医学・科学・宇宙
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/180525469
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック